グリーンペイント スタッフのブログ

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カテゴリ : プライベート的な その他の記事

こんばんは寺沢です!


新たな趣味を開拓する・・・大げさではありますが多趣味とでも言いますか

時間が許すのであればいろんなことをやってみたいな~

そんなことを空想しながら日々過ぎていくのでありますが^^;
釣りなどしながら何か新しい趣味が欲しいな~などと
天気は良いが全然釣れない(;^ω^)
かな~り昔から、小学生くらいからでしょうか

植物を育てるのが好きで、夕張という田舎育ちも相重なり

学校帰りに友達と「今日開墾する?」などと言って土地を耕し植える

勝手に行うのでその所有者にこっぴどく叱られるのですが

都会などとは違い炭鉱町は土地区分などが特殊でして

果たしてそのおじさんが「俺の土地だ!」とは言っていましたが

まあ、全部の住宅が炭鉱の社宅なわけで炭鉱の土地なのか、夕張市の土地を

炭鉱が借りていたのか?はっきりわかることは、そのおじさんの土地ではない

ということは間違いないのですがね^^;

物凄い剣幕で怒るので子供心にも土地の所有権って怖いね~

でも、私も子供なんで仕様がないでしょう(笑)。。。などという

曖昧さがまた良い思い出でもありまして。


植物を育てたい→果樹は虫が寄るので大変だ→野菜は数か月で終わってしまう

→室内観葉植物は面白みに欠ける?→盆栽は何年かかるか!?

家の中で鑑賞でき、面白さもあり、成長が早く、見ていて癒される!?

そんな植物好き達のすべての願望がかなう夢の植物ライフ

それは・・・アクアリウム!!

水槽の中に水草を植えて熱帯魚を泳がせる、それです!


構想は雄大に練られており

イングランド北部スコットランド、緩やかな丘に点在する岩
緑と石のコントラストでしょうか?

大きな巨石がモニュメントのようにそびえ立ち春には新緑の絨毯が
丘のある風景もいい
荒涼とした冬が明け緑の息吹が感じられるような情景
緑の草原に点在する岩イメージ

そんなイメージだけが先行しているのでありますが^^;

植物育成と熱帯魚観賞が同時にできるアクアリウム

面白くなってきました、では!次回ご報告まで。

こんにちは寺沢です・・・


今回は私どもが現在居住している横浜市港北区綱島西から車で10分

激近の歴史スポットを紹介させていただきます・・・
※・・・って意味深でお気に入りです・・・


同じく横浜市港北区小机町にある小机城城址公園という史跡

神奈川と言えば小田原城と一夜城のセットが最も有名でしょうか?

あえてそのようなメジャーな史跡ではなく非常にマイナーな史跡

意外とそのような場所のほうが趣があったりして面白いことも多いかなと^^;
住宅街に小高い丘が・・・
小机城址公園は地元の公園、憩いの場として活用されているようで

正規の駐車場もないところで、小高い丘の上にあり

崖の下にはすぐ民家が立ち並ぶような立地となっております。
城址公園入口の坂
歴史的には関東管領上杉氏の築城で長尾景春勢と太田道灌勢の戦い

があったようで・・・太田道灌氏は有名ですが長尾景春氏は、はて

長尾景虎はこれまた有名ですが景春氏は~~たしか~~

扇谷上杉家と仲が悪くて~~?長尾景虎=上杉謙信

扇谷上杉家=?長尾景春、ち違うか?何だかわかりにくいんですよね

この時代の歴史って乱を起こして敗北して亡命していたが復活!!とか

いまいち把握できていません(;^ω^)
小机城について
そんな太田道灌が攻め込んだといわれる小机城ですが

趣ありますね~~北海道人にとっては何といっても竹林!!

竹林があるだけで史跡です、言いすぎましたm(__)m

冗談はさておき、北海道には竹が生育出来ないので見事な竹林を見ると

思わずオオォォォ―と唸ってしまいます。
空堀、土塁、た・・楽しい!
立派な竹林ですね
史跡内には内堀や空堀跡などが点在してアップダウンのある景観に

まっすぐ伸びた竹林がマッチして、しばらくじィ~~と

空想タイムに入って幸せな時間を満喫(^o^)丿
本丸跡には謎のブルーシートが敷き詰めてある?
森閑とした史跡からすぐそばに第三京浜高速道路、日産スタジアム

横浜線が走る喧騒感のミスマッチが
すぐ横に第三京浜高速道路、そしてみかん・・・
この世には一つとして変わらざるものは無く

時の流れと共にうつろい変化していき、かつての戦場跡は。。。


現代で憩いの場として存在しているんですね。
関東は普通にみかんが生っています(^^)/



こんにちは寺沢です


2月の関東、北海道とはまた違った寒さがありまして

その寒さはどうやら湿度が影響しているようで

湿度が高いと体感気温は高めに感じ、同様に湿度が低いと寒く感じるようで
※知っておられる方も多いと思いますがあえて^^;
関東の朝はけっこう寒いんですが,雨降りの後など

地面が濡れているような日はたいして寒くもなく

カラッカラに乾いているときはメチャクチャ寒いッ!!

どうやら湿度が低いと体表の水分が奪われる作用があり

その際の気化熱により体温とおまけに水分も奪われるということだそうです。

なので関東もなかなか寒いぞ~という前振りでした。。。


そんな寒い盛りの2月に、突然ですが「暇なんで釣り堀行く?」

まあ、暇なときは何でも楽しいもので、前から気になっていた釣り堀へと

現在の居宅からも車で10分くらいと近く、早速行ってみると

なんだか「一見さんはお断りだよ」といわんばかりの入口
矢上川フィッシングセンターです!
どこが入口なのかわからない作り?とでも言いましょうか

正面なのか裏口なのかわからないところから入っていくと
入口にある看板、年季を感じますね
ガラス張りのガラスハウス?(※ビニールハウスのガラス版ということで^^;)

その中からおばあさんが出てきてようやく「いらっしゃい」と言ってもらえてホッと

施設が出す不愛想さとは裏腹におばあさんはテンションが高くて愛想が良いw


おばあさんから一通りの説明を聞いて早速釣り開始!

鯉専門の釣り堀で、札幌でもたまに釣り堀に行くので鯉釣りには慣れていたのですが

ここの鯉、ぜんぜん釣れない!?・・・まるで当たりがない・・・というわけではない

当たりは微かにある・・・が、ものすごく微かで波と見分けがつかないくらい^^;
こんな感じで釣ります
その微妙なあたりに竿を合わせるのですが釣れない?

これはキターーッ!と合わせてもスルッと抜ける?

ここの鯉は相当の場数を踏んでいますね~
札幌北区の新川にいる鯉と同じくらい釣れないw
※いやいや~本当に新川の鯉は憎たらしいくらいに釣れないんですよ^^;


3人で2時間粘って、開始早々私の竿に不意打ちをかけてきた小魚6㎝級一匹と

20㎝くらいのが一匹で私は計2匹、一緒に行った社員さんの一人が

終了間際に30㎝オーバーの大物GETしました~~

ちょっと時間すぎていましたが、まさに粘り勝ち、やってくれました!
2時間で2匹!片一方は6㎝ww
このようにして関東出張の何気ない日曜日は過ぎていくのでした~(;^ω^)
関東の開花は早いですね


こんにちは寺沢です!


冬期の関東出張中は、なにぶん家族もいないので

日曜日になるといろいろと関東観光を楽しんでおります!


候補地選定は難航しましたが漠然と東京の東の方がいいかな~?と

墨田区両国は5~6年前にマンション修繕工事の現場代理人をしていた時※冬期のみ限定です

我らが北海道日本ハムファイターズの鎌ケ谷球場がある鎌ケ谷市から

4カ月ほど通っていて、総武線の両国駅で降りると相撲とりの力士らしき髪型を

している人が歩いていたりと、東京・・・いや、江戸?っていうのでしょうか

そんな雰囲気が漂っている町でした。
※江戸東京博物館が近くにあったり地下鉄大江戸線の駅があったり…強引ですが江戸って感じで^^;

代理人をしているときに仕事が詰まってきて帰るのが面倒な時間になると

現場事務所に寝泊まりして、早朝に近くの江戸遊というスーパー銭湯へ行くのですが
                          
いるんですよねそこにも相撲とりが、でかくて長髪なのですぐにわかります^^
この時はまだ建設中のスカイツリーでした

墨田区のお隣、江戸川区にも4~5カ月住んでいたことがあり

東京の下町というのでしょうかあの辺りは、古い銭湯や

店頭販売しかしていない焼鳥屋さんとか、あの雰囲気好きですね~


そんな思い入れのある場所へ久しぶりにいってみたくなり社員のみんなと

東京観光に行こうか?などと話しをし、私の思い出の地巡りなど。。。
楽しいはずもなく⤵ww

しっかりすぎるほど観光地な所に行くことになりました。

そうですスカイツリーと浅草、浅草寺で~~す!(^^)/

写真を載せなくても、だいたいどんな写真か想像ついてしまうかもしれませんね・・・
スカイツリー的な写真1
スカイツリーは前にも行ったのですが数年前に東京に大雪が降った時で

電車が止まり帰れなくなくなるかもしれない可能性が出てきたので

逃げるように退散した思い出しかなく。。。

今回は無事のぼることが出来ました!以上!m(__)m
スカイツリー的な写真2
浅草寺はめちゃめちゃ混んでいてあまりにも人が多いのでササッと終わらせて
浅草寺は大きいですね~
すぐお隣にある浅草神社というマイナーな神社でゆっくりと御挨拶させてもらいました。
すぐ隣の浅草神社、地味です^^;
浅草寺ではなく、あえて浅草神社でおみくじを買い記念撮影をする社員さんたち

反骨精神なんだろうか?。。。たのもしく、剛強な意思が感じ取れました^^;
狛犬マニアの私から見ても 凛々しい狛犬でした
最後にスカイツリーから見つけたのですがビルの屋上に建物名が書いてあり

そんな建物が沢山あったので広告的な目的で出しているのかなと思ったのですが

当然スカイツリーから見えるように?作っているはずです。。。
こんな感じで普通にアピール
字の向き?が逆な小学校があり、奇をてらい狙ったものだとしたら相当の曲者

しかし小学校ですからね~~あのようなひねりの効いたアピールは不必要かと(-_-;)

大成功だったのか?それとも「アッ、間違えたッ、まあいいや・・・」なのか
狙っていたとすると凄い感性ですね^^;
※ 屋上文字で検索すると東京のような大都市では大震災などの巨大災害時に
  ヘリコプターで災害救助等の作業に当たるときの目印として公共施設などの屋上に
  建物名を記載しているらしいのですが、スカイツリー周辺はスカイツリーからの
  目線に合わせた広告目的がほとんどらしいのです・・・
  そうなると「民間企業は広告目的だが~私どもは公共施設であるので~
  スカイツリーからの目線は関係ないのでありますッ!!」とでも言ってくれると
  あ~でもない、こ~でもないと考えた時間の甲斐もあるでしょうかm(__)m

あの小学校の屋上文字が最も私の心を掴んだ今回の東京観光でした(;^ω^)

グリーンペイント寺沢です

武田神社で思った以上に時間を使い日帰り予定なので帰りの移動時間3時間と
それから温泉に入ってほうとうを食べる時間も必要となるので~^^;
あと一か所ぐらいしか行けないな。。。
目的地に到着してから腰を据えての回想タイムが始まると長いんですよね

山梨歴史観光であるならば~~武田氏終焉の地天目山か?
それとも心頭滅却すれば火もまた涼しの恵林寺か?
迷いますが大好きな武田氏が集団自害した悲しい天目山は気が進まない。。。
それならばと恵林寺に決定であります。※恵林寺もけっこう悲しい内容ですが。。。
このお寺は織田家により1582年に焼き討ちにあって焼失
その後、徳川家康公により再建された建物なのですが再建から数えても数百年の歴史
寺院敷地内にはとても立派な庭園があり歴史を感じます。
立派な庭園でした
寺院内にはうぐいす廊下なるものがあり、簡潔に説明すると床の鳴る廊下です(^O^)/
その廊下はちょっと薄暗く何やら位牌?のようなものが壁に祀られていて
早めに通り抜けたい気分にさせてくれるのですが、素早く動くと鳴くんですよ床が
ギイ~~キィ~~と、シチュエーションが不気味さを増幅させてくれます。
うぐいす廊下の入口です
写真を撮っていいのかわからなかったので撮らなかったのですが
武田不動と呼ばれる不動明王像があり、信玄公の髪の毛を漆に混ぜ
塗りこんであるそうで、その青い色彩と共に信玄公の
強い念が込められているように感じられ、ちょっと恐ろしげな雰囲気

寺院内も見終わり、いよいよ本題の恵林寺で最も有名な山門を探します
織田信長公の長男、織田信忠公が最終的な武田討伐を行う為
甲斐の国に進攻、戦国最強といわれた武田軍も裏切り、離反が多発し
見る見るうちに攻め込まれ最後は甲府の東、天目山まで追い詰められて
女子供に至るまで武田勝頼公と共に自害し果てたといわれています。
また、武田勝頼公の天目山自害は有名ですが実はそこで150年以上前に
武田勝頼公の祖先にあたる武田信満公も同じ場所で自害し滅亡
武田氏は2度も天目山=木賊山(※同じ山)にて滅亡していたそうです。

合戦が終わったあとは必ず落ち武者狩りが始まるのですが
この恵林寺では落ち武者をかくまってくれる?
戦国時代の仏教系寺院ではよくあることで神仏のご加護により
いかに有力な戦国大名でも勝手に踏み入れられない聖域?とでもいうか
そのような当時の常識があり、かくまうに見合う条件がそろった落ち武者
かくまってくれるのですが、相手はあの天台宗総本山の比叡山
一山を焼き討ちにしてしまう第六天魔王を自称する織田信長公の軍勢です。
ここが快川和尚の山門を復旧したものです
無慈悲と思われがちな織田信長公ですが、史実をあさると思慮深いことが多く
比叡山焼き討ちの際も織田への反抗勢力を武力援助する比叡山へ
宗教家は宗教をするべきで、本業ではない戦への介入を辞めるよう
再三にわたり通告をしていたが相手方が従わないので
それならば敵国とみなし攻撃を開始するという流れだったようで
けして宣戦布告もなしでいきなりの無慈悲な奇襲攻撃を行ってはいなかったようです。

そのような経緯から落ち武者を引き渡すよう恵林寺側へ警告したそうですが
その警告を無視した結果、入口山門にたてこもったまま下から火をかけられ
焼き討ちにあったそうです。
筋道を立てれば殺生もやむなしという考え方には到底同意は出来ず
因果の理法にかない、害を与えるものもいずれそのようになっていくものなのかと。。。
事件の詳細
その際に快川和尚が「心頭滅却すれば火もまた涼し※省略版」との名言を
言い放ったそうです。※事件後に付け加えられた等の説もありますが
この焼き討ちで大勢の人が亡くなったそうで、戦国史に載るような場所は大抵
悲惨な事件が起きたところが多く、苛烈なその当時を想うとこのような平和な時代に
生まれたことを改めて見直し得ます。
静かな夕暮れ
織田家は武田家を1582年3月に滅亡させ同年1582年6月に
本能寺の変がおき、その後なし崩しに織田家も滅びていきます。

何やら毎回ではありますが戦国歴史に限らず
飛ぶ鳥を落とすごとく盛んなる者、国、企業いずれも等しく
同じ道をたどり、祇園精舎の~鐘の~声~♪、の平家物語が思い出されます。
盛者必衰の理をあらわす、奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし
猛き者もついには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ・・・

大昔から繰り返されていて織田氏も武田氏も知っていた
平家と源氏の物語りと、遠く思えるものなのか
3傑の最後を務めた家康公はどのように見ていたのか気になります

しかし、いざ自分事となると回避することは難しいものなのですね。。。
世は無常なり・・・とならないよう生活も仕事も悔いのないようにしたいものだ
と、考えさせられる山梨歴史探索のたびでした^^
山梨は四方を山に囲まれた盆地です

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